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執筆者の写真Saori Ushijima

食欲の秋、忙しくなる秋、答えを知る秋

こんにちは!急に寒くなり、心身のバランスをとるのが難しい季節になりました。

でも、仕事や子育ては待ってはくれないですよねぇ。

みなさん、とてもよくがんばっていらっしゃいますね。




私も、ここ数日、ちょっと忙しくしていました。

九州大学の研究のお手伝いをすることになったり、

立て続けにセミナーの依頼をいただいたり。


カウンセリングの時ほど、「やるぞー!おー!」と気合が入ったりはしないですが(笑)、

私もみなさんと一緒にがんばりたいなぁと思います。


生きていかなくちゃね。


そうそう、引きこもりの支援などをしていると、

「生きる意味はあるのか?」とか、

「働く意味ってなに?」というテーマが必ず出てきます。


私も彼らと一緒に一所懸命考えて、一所懸命悩みます。


彼らなりの答えを、一緒に探している途中です。


私が「生きる意味とはこうだ」などとは言えないのですが、

でも、ひとつだけ、カウンセラーとして知っていることがあります。


それは、「生きる意味がある・ない」「働く意味がある・ない」と

ゼロか100かの答えを探してしまうと、追い詰められちゃうということ。


本当は、生きる意味はあるようでないようでいてある…かもしれない。

働く意味はあるようでないようでいてあるのかないのか…かもしれない。


みたいに、「これ」として存在し、目に見えたり、言葉にできたりするものではないのです。

もしくは、目に見えるようにしたり、言葉にしたりしても、自分が感じるほどの価値を他人には伝えられないのです。(ドヤ顔で生きる意味を語るおじさん、みたいに他人の目には冷めた感じで映ってしまいがちですよね。)


この、答えがゆらぐ感じ、答えのつかめない感じは、

たぶんですが、私たちの生きている現実社会と、この答えは、『次元』が違うからです。

仏教はこれを『色即是空』と呼びましたし、

数学の世界では実数と虚数の関係にあたるのではないかと思います。


…よくわからないことを言っているかもしれませんが(笑)、

要するに次元の違うところに答えがあるのだから、

答えを見つけられなくて大丈夫なんだよ、ということです。


そして、答えを見つけなくても、それを知っているときもあるんだよということ。


私は、どんなに絶望して、迷っているときであっても、

そういう時があった人こそ、答えを実はもう知っているんじゃないかなと思います。

そして、その通りであったことがたくさんあります。


他人にそのような話をするのは青臭くて恥ずかしいと思っている人も多いかもしれませんが、苦しさやトラウマや、絶望を共有するところから始めて、

すでに知っていた、すばらしい答えを教えていただけるのを私は楽しみにしています!


それは、あなたのことなのかもしれません。


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