誰かに認められたい、愛されたい、かといって行動する元気も勇気もなく、自己嫌悪。【Quora回答】

こんにちは。残暑が戻ってまいりましたね。

夏を名残惜しく、そしてもうすぐ来る秋に、ワクワクする気持ちもあります。

公園でランチを食べたり、キャンプ場でBBQをしたり、ベランダで本を読んだり、

日本の短い過ごしやすい季節を、どう楽しもうか今から画策中です。



さて、今日もQ&AのSNS、Quoraより、私のした回答を転載します。


【質問】

誰かに認められたい、愛されたい、見つけてもらいたい、かといって行動する元気も勇気もない、成人してなおこんな状態の自分に自己嫌悪の繰り返しです。改善するにはなにから始めればいいのでしょうか?

【回答】

こんにちは!大雨でBBQの予定がなくなったうしじまです…。人生は予定通りいかないものですね。成人してもね。

ということで、回答していきたいと思います。

近年、SNSは承認欲求が発露しているから悪いとか、己の承認欲求を満たすために何かをするのはやめろとか、よく言われています。何やら、承認欲求がとても醜く、利己的で、未熟で、悪いもので、承認欲求からの行動はすべて違う動機に置き換えて行かなければ成長しないかのようなことを吹聴する記事や本があとをたちません。

しかし、これは大いなる勘違いです。承認欲求は、周囲の環境が安全かを確かめるためにあります。

普通の人は周りの承認が常にありますから、一見承認欲求が低いように見えますが、満たされているので落ち着いているだけです。

複雑な環境に育った人ほど承認欲求が高いのは、ただ自分を愛してほしいのではなく、周りの人が安全かどうかわからないから、確かめなければならないからです。

人類にとって、周りの人や環境が安全かどうかは、それこそ食料の有無よりも大切なものでした。この根源的な欲求を否定したところで、止められないのが当然だと思います。


「承認などされなくて結構」と突っぱねて生きる方も、カッコいいなぁと思います。私もそ

うなれたら、と思いましたがダメでした。荒野に生きる生き方も憧れですが、私は周りの愛を感じてぬくぬく生きたいんです。「周りは私をすごいって思ってくれてる!」とわかったら、安心するじゃないですか。本当に普通のことを言ってますけど。そのくらい、普通の欲求なんですよ。

それに、承認欲求を突っぱねる生き方ができるかどうかと、精神の成熟度はそれほど相関がないなぁというのも、カウンセリングをして得た感覚のひとつですよ。承認されたいという気持ちに素直になれて、それを表現できるほうが、成熟という意味では近道なのかもしれません。

質問者さんは、行動も勇気もないとおっしゃってますが、こうして質問したり、誰かに回答を書いたりすることも、立派に行動です。もう、改善は始まっているのではないでしょうか?

あとは、いっぱい愛されて、この世界が安全であるということを確かめてみてくださいね。「調子に乗っていいんだろうか」と思ったり、怖いこともあるだろうけど、そのときはまた、こうして質問したり、周りのちょっと承認してくれているっぽい人に相談してみてください。

私も、まだ道半ばです。もっと愛されたいし、もっと私のすごさを知ってほしいし、もっと世界に私のことを知ってほしいです(笑) 一緒に、世界は安全なんだと確かめていきましょうね!


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以前にも少し書いたことがあると思いますが、承認欲求は悪い欲求ではありません。


この世界が安全かどうか、

この世界が優しいのかどうか、


私たちは経験でしか知る術はありません。


どうか、自分を責めないで、愛してもらいましょう。

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